大雪で要介護の父の食事が届かず、ガストのテイクアウト

父親は2年前から要介護になりました。
病気で体が不自由です。

毎日の昼食、夕食は市の宅配サービスを利用していますが今日は大雪の影響で昼、夜ともに配達ができないと連絡がありました。
配達ができないということは、スタットレスじゃない我が家の車でも外出が困難です。

幸い旦那が自宅で作業をするといって家にいたから旦那が連れて行ってくれると言ってくれました。
仕事先に直接向かうこともあり会社の車を乗って帰ってきています。

近くのスーパーでお弁当を買おうと思ったけど、ガストで2食分のお弁当をネット注文しました。
折り返し電話がきて「雪で材料が届かないから日替わり弁当とからあげしかできない。」と言われ、日替わり弁当と唐揚げ弁当を注文しました。
一緒に乗っていくつもりが仕事関係の人からお昼のお誘いがあり出かけるから帰りにお弁当を取りに行って届けてくれました。
ついでに私と子供たちも。

父の介護の始まり

それまでは病気ながらもまだ車も運転でき一人暮らしをしていましたが、ある日ごはんを届けに行くと倒れていました。

1ヵ月ほど入院している間に介護申請をして要介護5で退院。
それからヘルパーさん、訪問リハビリ、訪問看護師と少しずつ利用を増やしてなんとかまだ一人暮らしをしています。




しなければ、の義務感

体勢が整うまではパートを数か月休んで毎日父の所へ通ってました。
一番つらかったのは下の世話。
最初はリハビリパンツを嫌がって勝手に普通のパンツに履き替えるので、おもらしのシーツ替えやトイレが間に合わずにトイレ内やトイレ前の床が汚れるとか。
泣きながら拭いてました。

下着や洋服の着替えも体が思うように動かないので大変でした。

車で5分程度の所に住んでいるのでケアマネさんに「娘さんはどこまでできますか?」と言われ、私がしなければいけないんだって。
私も持病があるので体力的なこと、例えばお風呂に入れるとか体を支えるというような体に負担がかかることはできないと伝えてましたがそれ以外で何ができるか?ということでした。
めちゃくちゃ頑張って自分の家庭、子供より父を優先してました。

ちょうどその頃、私もまた別の病気が発覚して精神的にかなりつらい状況でストレスが凄かった。

脱毛になったのもこの頃(シャワーを【ミラブル】ウルトラファインミストに変えた時の話

気持ちがラクに

少しずつ体制が整っていき、今年の夏にまた私が色々あって更に洗濯や掃除などもしてもらえるようになりました。
今、私が負担することは日用品や朝ご飯、おやつなどの買い出しと病院に連れて行くこと、その他雑務くらいになり毎日行く必要がなくなりました。
とても気がラクになりました。
昼食と夕食は市の宅配サービスを利用できてます。

毎日行かなければならない、しなければならない、という強迫観念が薄まりました。
父からの着信があったら胸がキューっとなっていたのもなくなりました。
子供の頃から一緒に暮らしていなくて、普通の親子関係はなく身構えてしまいます。(このあたりもまたそのうち書いてみようかな。)

話は戻って、ありがたいことにコロナ渦で介護認定の更新が要介護5で延長利用できています。
介護サービスを利用してでも一人暮らしができているということで要介護5よりは下がるらしい。
ケアマネさん曰く多分要介護3くらいに下がると思うとのこと。
なので凄くありがたいです。

祖母の介護

認知症の祖母と同居してましたが、祖母は足腰丈夫で身の回りのことは自分ででき、なんでも「おいしい」って食べてくれていたので今思うと良かったなぁ。
当時は子供たちもまだ保育所くらいだったから大変だったけど祖母は洗濯物畳と野菜の皮むき、子供たちの遊び相手にもなってくれてました。

まぁ、もう10年以上前のことだから忘れてるのかもしれないな。
夜に急に怒って飛び出して行かれて、長女は3歳くらい次女は1歳くらいで慌てて二人をチャイルドシートに乗せて追っかけたことも何度もあったし。

ママ友には話してあったけど、私の留守中に尋ねたら「おばぁちゃんが出てきて朝からごはん食べさせてもらってないって言ってたけど、ちゃんと食べさせてあげて」と電話がかかってきたこともあったな。
「被害妄想」って言っても「あんなにしっかり受け答えできてるのに?」って。

なんかいつの間にかおばあちゃんのことになってたけど、介護って本当に周りの人間も大変。
社会が周りが本当に理解してほしいな。

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